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Netflix映画【マッドタウン】あらすじ、ネタバレ感想・解説・考察

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どんな話?

手足を切断された少女が、復讐の為、生きる為に行動する話。

 

少し詳しいあらすじ

バットバッチのアーレンは、砂漠の真ん中で追放される。あてもないのでブラブラと歩いていると、何者かに襲撃され、気づいた時には鎖で繋がられていた。逃げようともがくものの、逃げることはできない。

 

そうこうしていると謎の女がやってきて、自分の手足を切断し、それを食し始めた。ここにいては殺されると思ったアーレンは、女の隙を伺い逃げることを決意して、逃げることに成功する。

 

が、逃げ出したはいいものの、目の前に広がるのは砂漠しかない為、次第に体力が尽きアーレンは目を瞑ってしまう。そこに浮浪者の老人がやってきて、アーレンを何処かに連れて行く。

 

アーレンが目を覚ますと、そこはコンフォードと呼ばれる街であった。そこで暮らし始め、義手や義足を手に入れて生活に慣れ始めた頃、アーレンの中で自分をこんな目に合わせた奴らへの、復讐心が沸き立ち始めた。

 

果たしてアーレンは復讐を遂げることができるのか。そしてこの無情な世界から抜け出すことからできるか。

 

感想

シュールレアリスム的な印象

シュールレアリスムを知らない人の為に書くと、これは芸術による思想の一種で、超現実主義と言い換えることも出来ます。簡単に意味を説明しますと、理性ではなく無意識下で描く作品で、組み合わせると少し違和感があるよねという感じです。

 

まぁ文章で書いていても仕方ないので、この絵を見てください。

 

参照:恋人たち https://www.musey.net/1945

 

この絵を描いたのは、自分が好きな画家「ルネ・マグリット」です。で、絵を見ていただいたら分かる通り、なにか奇妙ですよね。普通は布を被ってキスなどしませんよね。

 

ただ現実に実在するモノを使っています。そういった想定外の組み合わせで、尚且つ無意識下で描いた作品が、シュールレアリスムというものなんです。それが自分は好きなのです。

 

で、映画で例えるならキュービックの作品、「2001年宇宙の旅」ですね。本人はそんなつもりはないのかもしれませんが、個人的にはシュールレアリスムの思想に、酷似していると感じました。

 

そんな訳でこの「マッドタウン」も、そういったシュールレアリスム的要素を感じてしまったのです。映像もそうですし、なにより音楽が。まぁ結論を言うと、個人的にはあまり好きな作品ではありませんでした。

 

 

ネタバレ感想・解説・考察

結局どんな話?

アーレンが食人族に腕と足を切られたので、復讐しようしようとしたら、食人族の野郎と意気投合して一緒になるという話です。

 

詳しく解説していきたいと思います。

 

まずこの話には、ブリッジと呼ばれる食人族のコミュニティーと、コンフォートと呼ばれる安楽の地と言われているコミュニティーが出てきます。

 

食人族のコミュニティーはそのまんまの意味なのですが、コンフォートは少し違います。どう違うのかと言いますと、コンフォートは麻薬に侵されていた街だったのです。つまり安楽の地というのは、麻薬でラリって気持ち良くなるからという意味で、安楽の地だったのです。

 

バットバッチから追放されたアーレンは、砂漠の上をフラフラと歩いていました。まずバットバッチというのは恐らく犯罪者の呼称で、追放するということですから、お前はもう面倒を見ないという感じでしょう。

 

その証拠に、ここから先は無法地帯で米国は一切関与しない、と書かれていましたからね。そう考えると、食人族もそうですし、薬物に汚染された街というのも分かります。

 

で、そんな無法地帯を歩いていると、食人族に捕まってしまい、手足を切断されて食料にされてしまったのです。ただそこからなんとか逃げ出すことに成功するのですが、いかせん何もない砂漠の上。

 

どうすることも出来なく、野垂死にそうになっているところホームレスがやってきて、コンフォートに連れて行ってくれたのです。そこから暫くそこで生活するのですが、やはり自分の手足を切断したやつらに復讐しようと、コンフォートから出ます。

 

ゴミ捨て場でゴミを拾っていた、自分の手足を切断した女を銃で殺害します。ただそれを見ていた娘は殺害することなく、自分の自宅に連れて帰り、二人の生活が始まります。

 

が、コンフォートで時たま開催している、コンサートという名の薬物配布に二人で行った時、少女とはぐれてしまうのです。ただそのコンサートで手に入れた薬物で、アーレンはラリっており、少女のことは見失ってしまいます。

 

そしてフラフラとコンフォートの外に出て歩いていたら、少女の父親.マイアミマンが娘を探しに来ていたのです。アーレンは幻想的な夢を見ているので、目の前のマイアミマンが、自分が殺害した女の夫だとは気づいていません。

 

アーレンが正気を取り戻した時は、もう辺りは朝になっており、何故か義足が無くなっていました。周囲を見渡すと、マイアミマンが義足を持っており、「小さな女の子を知らないか」と聞いてきたのです。

 

当然、少女を誘拐したのは自分なので知っているものの、知らないとアーレンは言います。するとマイアミマンは 、「見つけてこい。見つからなければ殺す」と言ってきたのです。

 

それに承諾した直後、遠くから一台のバイクがやってきます。バイクの男は、自分の持っている水とアーレンの交換を要求してきました。

 

それにマイアミマン一旦は応じてアーレンを引き渡すのですが、それはバイク男を嵌める罠で、バイク男が後ろを向いた瞬間、自身が持っていたナイフを投げつけ殺しました。

 

そこからマイアミマンとアーレンは一晩を共に過ごすのですが、そこで彼の過去を聞いて若干親近感が湧きます。そんなところに違うバイク男がやってきて、マイアミマンに向けて発砲します。

 

今回の人は単純にアーレンを助けに来ただけで、アーレンに「逃げるぞ」と言います。少しアーレンはマイアミマンに同情しながらも、バイクに乗り込みました。

 

コンフォートに戻ってきたアーレンは、少女を探し始めます。そして薬物の元締めの元にいるのを確認した為、アーレンはそこに乗り込み少女を奪還します。

 

同じ頃、銃で負傷していたマイアミマンは、浮浪者に助けられ一命を取り留めていました。そんな所に、少女とアーレンがやってきたのです。

 

そこからアーレンはマイアミマンに、「一緒についていく」と言って、少女が可愛がっていたウサギを食し、エンディングを迎えたのです。

 

 

見終わって最初に感じたのは、よくもまぁ少女の母親を殺しておいて、一緒に過ごしたいと思えるよなということです。

 

これはアーレンに対してもマイアミマンに対してもです。少女に関しては、まだ物事の分別もついていないので仕方ないのかもしれませんが、マイアミマンとアーレンはどういったつもりなんですかね。

 

まぁそもそもマイアミマンは、アーレンが妻を殺したと気付いていない可能性はありますけどね。ではアーレンの心境はどうなんでしょうか。自分の手足を切り落とした女を殺せれば満足で、その他の人物にはてんで興味がないという感じでしょうか。

 

まぁ恐らく、マイアミマンと過ごしているうちに、考え方に共感したという方が強い気がしますけどね。何の罪を犯したか知りませんが、アーレンもバットパッチと、恐らく犯罪を犯していましたから。

 

それでもフワフワした感触は拭えなかったので、個人的には賞賛は送れません。もう少し具体的に書くと、全くもって話が転がるだけ転がって、収集しきれていませんでしたからね。

 

何を見せられたんだとなりました。そういった意味も含めて、この作品はシュールレアリスム感を感じたのです。映像や音楽は幻想的でしたが、やはり個人的な琴線には全然触れませんでした。内容というかテーマは面白いのにな、と感じましたね。

 

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